映画「ゴッホとヘレーネの森 クレラー=ミュラー美術館の至宝」公式サイト » Van Gogh&Helene

フィンセント・ファン・ゴッホ

オランダの画家。印象派と日本の浮世絵の影響を受け、《アルルのはね橋》《ひまわり》《糸杉》など多くの名作を残した。後期印象主義の巨匠の1人で特に線に個性があり、のちの表現主義の創始者ともいわれる。オランダ南部のフロート・ズンデルトで牧師の家に生まれる。16歳の時、美術商の伯父が経営するグーピル商会に入社し、絵画を熱心に学ぶ。その後、語学教師や書店員などを経験し、聖職者になるべくアムステルダム大学神学科入学を目指すが、挫折。教会の伝道師見習いとなるものの極端に献身的な行動が問題視され、道が閉ざされる。4歳下の弟テオが芸術家の道を提案したことから、当時27歳のファン・ゴッホは従兄弟で画家のアントン・モーヴやハーグ派の画家たちから教えを受け、才能を開花させる。エッテン、ハーグ、パリ、アルル、サン=レミ、オーヴェル=シュール=オワーズの各地で新しい表現方法を模索し、絵を描き続け、37歳で自死するまでに油絵作品約860点、素描は1000点以上を遺した。

ヘレーネ・クレラー=ミュラー

個人としては世界最大、300点ものファン・ゴッホ作品を収集しただけでなく、美術館建設のために私財を投げ打ち、コレクションをオランダ国家に寄贈した希代のコレクター。1869年にドイツの実業家の父のもとに生まれたヘレーネは、1888年にオランダの貿易商、アントン・クローラーとの結婚を機にオランダに移住。4人の子供に恵まれ、06〜07年に娘の教育のためにヘンク・ブレマーが開催する美術鑑賞教育講座に参加したことから、イタリア美術やファン・ゴッホと出会う。11年、危険な手術を乗り越えてからはますます芸術にのめり込み、ファン・ゴッホ以外にもピカソ、スーラ、モンドリアンなど当時最先端の現代美術コレクションを充実させ、夫の会社の一角のギャラリーを開設し一般公開。27歳の若さでニューヨーク近代美術館の初代館長となった美術史家のアルフレッド・ H ・バー Jr.も、ギャラリーを訪れ、彼女の慧眼に影響を受けた1人だったという。第1次世界大戦や世界中に吹き荒れた大恐慌にあおりを受けながらも、38年に悲願のクレラー=ミュラー美術館を開館。翌年に病死するまで初代館長として美術館を守り続けた。